畳屋さんがありました。あたらいい畳のにおいがしていました。 |
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残念ながらだれもいません。大きな包丁がひとつありました。 |
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西専寺跡
少し雨がぱらついてきました。
おもしろい昔話を読んで、懐かしい畳屋さんをのぞき込んで、程なく「西専寺宝篋印塔・地蔵菩薩座像」の案内版を発見。早速のぼり始めます。
奈多行幸会の御一行は素通りしたかも知れませんが、私たち御一行はすべての名所旧跡には引っかかることにします。
70mと書かれていましたが、なかなかたどり着きません。道らしきが無くなって、さらにのぼると鳥居やお堂がありました。
鳥居の額には、「天神宮」と刻まれていました。菅原道真公を祀った神社です。社の境内内右手には、庚申塔と天照大神の石塔が並んでいました。
その右手に西専寺のお堂がありました。お堂には鍵がかかり、中に祀られた地蔵菩薩の姿は拝めませんでした。 |
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天神様の鳥居と、その右手が西専寺跡のお堂です。 |
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天神社境内の庚申塔と天照大神石塔 |
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西専寺お堂 中に地蔵菩薩座像 |
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西専寺 宝篋印塔・地蔵菩薩座像 説明書き |
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西専寺 宝篋印塔 |
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地域の人が守り続けている祈りの跡を見せていただいた。もちろん市の教育委員会の協力もあるだろうが、何よりも地域の人達の信仰心が無ければ残って行かない。
心許ない輩による持ち去りもあり、国東半島の仏達がどこかへ消えていく。それを防ぐ一番の方法は、地域住民の信仰心。是非いつまでも守り続けて欲しいと願う。
天神様に頭を下げ、お堂のお地蔵様に手を合わせ、集落の中の道を下る。道は民家の軒先を縫うように繋がっている。
下っていると、畑の中に朽ち果てて行く途中の軽トラや、ブラウン管テレビがあった。人工物の風雨で比較的早く朽ち果てて行く様があった。石造文化財も風雨で少しずつ朽ちていくが、遙かに時間の流れが緩やかで優しいと感じた。 |
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