目次へ sub3-33  2003年7月13日

湿気を多く含んだ空気を冷たい海の水が冷やして、今日は霧であけた国東半島。
空気を流すかぜもとまって、トンビも壊れた街灯の上で静かな海を眺めていた。

海は鏡のように静かに振動を止めている。
時折通り行く小舟に鏡の面が切り裂かれて少しだけ震えてまたとまる。
遠く別府湾の向こうに足もとを白い霧が飾る由布岳、城ヶ岳、雨乞岳が美しいシルエットをみせている。
時折、遠くに霧笛が響いて、その音にカモメがこたえる。
海の中に立てられた黒い竹が乳白色の単調な広がりの中にちょうど良いコントラストを付けている。
コンクリートの波止に腰掛けて、その様を眺めていると、潮の香りがしていた。
誰かの気配を感じて振り返るが、動かない空気が少しだけ動いた。・・それだけだった。


日向屋の脇を守江港へ入ってみた。少しだけ雲が明るくなって、その反射がわずかだが水面を明るくした。突堤からのぞき込むと、時折丸く波紋が広がる。雨かと思ったが、小さな魚だった。その波紋の下には小魚が群れていて、水面のエサを求めて時折空気との境界をつついて揺らす。
いつもなら波でゆれる漁船も小さな魚がつくる波紋を受けて水面の影をわずかに乱すのみだった。

少し歩いて行くと小さな釣り船が支度をしている。私の姿を捉えてしきりに気になる様子。私の知り合いかかとも思うが、見たことの無い顔だった。すぐに私と同じくらいの年格好の男が現れて、その船へと向かって行った。

風は全く吹く様子は無く、朽ち果てかけた漁船の風化をためらっているかの様にも感じた。ひと風吹けば気持ち良いのだが、雲も空気も止まったまま動く気配は無い。


少しだけ山の風を期待して、横城山へと車を進めた。
穂を出したススキがほんの少しだけ揺れて見えた。車を止めて下りてみたが、ここにも風は流れていない。しっとりとした空気が重く滞留して、落ち着き払った風景だけをつくりだしていた。

暑い夏がこれから来るのに、ススキの風情からは爽やかな秋を想像してしまう。全く動かない空気だけが秋では無かった。

ススキの根本に赤いオニユリが見事な花をつけてアゲハチョウを集めていた。その様子をしばらく眺めていたが、蝶々の羽ばたきも重い空気に阻まれて、いつものような軽やかさは感じられない。
花びらにたまった滴も、大きくもならず、ゆれるでもなく、ずっとそのまま赤い花弁にぶら下がったままだった。
時折この花に吸い寄せられる蝶々もその滴を落とさなかった。
空気はますます重くなって行く。空もどんどん明るさを無くして行く。雲の中も水蒸気が飽和状態になって来たのかも知れない。この花を相手にもう少し遊んで見ようと思ったが、そろそろ山の頂上へと向かおう。

横城山の頂上へはアッという間の時間だった。
その頂上には小さな溜め池があって、満々と水を湛えていた。
やや白濁した水面に夏の色を映して、爽やかな水辺の景色をみせていた。水面には微かに風が流れて、少しだけさざ波が見えた。

車を止めて、エンジンを切ってわずかに流れる空気を肌で感じた。ここには風があった。
わずかだが空気が動いていた。
そう思った瞬間、私の目の前を大きなトンボが音もなく横切って行った。全く空気を揺らさずに池の向こうへ飛び去った。

国東半島の空気が明日には動いて暑い夏が来る。