目次へ 並石のお地蔵さん sub3-24   2002年12月8日

久々に豊後高田市一畑並石集落の谷を訪ねてみた。
ここには狭い谷間にきびしい風景があり、そのきびしさを和らげるお地蔵さんの顔が並んでいる。
いつものように大日橋のたもとに車を止めて大内観音の方へと坂を上る。川向かいの大きな柿木は実も葉もすっかり落として冬景色となっていた。

上り坂の右手の畑に目をやると真っ黒に蜂の巣のような奇妙なものが畑にはえている。
よく見るとそれはひまわりだった。すっかり枯れて、形だけがひまわりとわかる。全ての色を失って、雨に濡れた形だけのひまわりは妙におもしろい造形を見せていた。

去年の今頃だったと思うがこの坂でおばあさんに出会った。彼女は武蔵町からここ並石へ嫁に来たそうで、ここのきびしさを全く知らず、最初の冬にとんでもないところへ嫁に来たことを後悔したと笑った。そんなことを思い浮かべながら川辺の地蔵群へと向かう。

この地域は、私たちのような外部から来る人間に駐車場を提供してくれる。お地蔵さんにほど近い所に自動車のボンネットに書かれた地域の地図に駐車ができる場所が書かれている。
実に絵心を感じる地図である。(土屋さん作)

ここから30歩も歩くと谷間を下る小川があり、細い橋が架けられている。澄んだ清流の向こうにいつもと変わらぬお地蔵さんが迎えてくれた。お地蔵さんたちの間に真新しい色のお地蔵さんがいくつかおかれている。苔生したお地蔵さんたちの笑顔が新しい仲間を喜んでいるように見える。うしろの土手にはオレンジ色に紅葉した櫨と黄色いかぼすが色の少ない世界を飾って寒い冬模様を少しだけ暖かく見せている。



そして先月でお地蔵さんの顔を彫るのをやめたといった。

やめた理由は聞かなかった。
お地蔵さんの優しい笑顔は原内さんの笑顔だった。

狭い小川沿いの畦道を上って谷間の棚田を眺めていると村人が上ってくる。
「こんにちは」と声をかけるとにこやかに応えてくれた。

ひょっとして地蔵の作者では思い、それを尋ねると老人はわらって話をはじめた。100あまりはあろう顔のお地蔵さんを彫りはじめたきっかけはお孫さんを亡くした事だったそうだ。
供養のために彫ったのが最初の一つ目。それ以降コツコツとにこやかに微笑むお地蔵さんの顔をかたい石の中から刻み出して来たそうだ。

ここを訪れる人にいくつかのお地蔵さんを差し上げたそうだが、ここで見る地蔵が最もいい顔と思う。いつまでもここにお地蔵さんのにこやかな顔を見に来ようと思う。皆さんもこのお地蔵さんをねだらないで自分の足で会いに来て欲しい。御年79歳の原内さんは去年お会いした武蔵町から嫁入りしたおばさんの旦那さんだった。
私がおばさんと交わした話をおじいさんにすっかりバラしてしまったが、後の祭りだった。帰りに再訪をお約束し、おみやげにと孟宗竹でこしらえた鬼のお面をいただいた。


この谷がいつまでも国東半島の自然財産であり続けることを願うが、生活の変化でその景観も変化して行く。それを受け入れて行く事もきびしい国東半島の山間には必要なことだ。私も国東半島に生まれて育った。きびしさを少しは解っているつもりでいる。こんな話を原内老人としたが、最後に「この谷も木々に被われてのぼれなくなりますよ」と笑ったが、私はここを訪れ続けると約束し、可愛いお地蔵さんを差し上げてしまわないようにお願いもした。

原口さんの作品は、胎蔵寺の境内にもおかれています。