目次へ   西狩場 割れ石のしめ縄かけ
sub3-94 2011年12月18日 文字は、の等巾フォント(MSゴシック)でご覧ください。


約2km離れた、後野峠にある一望岩からみた西狩場の谷間。大きな割れ石も微かに確認できる。
後野峠は、六所神社脇から国見町西方寺へと抜ける山道の境界にある峠。
2011年12月4日撮影


上香々地の西狩場にある大きな割れ石に注連縄を架ける行事を2006年から、この地区の皆さんが行っている。

初回は、たまたま通りかかった折に村人から予定を伺い取材に訪れた。

その後気にはなっていたが、5年間が過ぎ、4回の注連縄掛けを見過ごしたことになる。

12月12日に香ケ地と国見の登山愛好家でつくる「二郷山友会」の皆さんの忘年会に参加させていただき、その席で、この地区在住の春岡さんから今日の話をうかがった。

8時半、我が家を出発。両子山をぐるりと回る山岳道路は先週末降った雪でガリガリの状態。そんな中を元気な鹿達が走り回っていた。

現地に着くと、すでに作業は始まっていた。


2006年当時の懐かしい面々が道路の端に並んで、手際よく注連縄をつくっている。
過ぎた歳月は、皆の顔に5年分の年季を刻み込んでいた。誰も欠けた人はいないだろうか。

黙々と作業の手を動かす人々の顔を覗き込みながら5年前を思い起こす。長老と思しき人の顔が見えないが元気だろうか。

子縄はどんどん長くなっていく。撚り合わせる者、ヒゲをはさみで切る者、長さを測って指示する者、それぞれの強力で3本の子縄が出来上がって行く。

長さの揃った3本の子縄は、芯となるワイヤーロープに巻きつけて大きな注連縄にしていく。
全員の協力で手際よく注連縄が出来上がって行く。

材料の藁は、今年出来たもち米のものと教えていただいた。




8時に作業を開始してから4時間ほどで大きな注連縄が完成した。

完成した注連縄を全員で担いで、道路下の大きな割れ石の鎮座する田んぼまで運ぶ。その様はムカデか大蛇に似ている。

くねくねと曲がりながら田んぼの畦道を進み、大きな割れ石の前に到着した。
今度は、割れ石にその大きな注連縄を引き上げてかける作業へと移る。

注連縄が石に引っかからない様、竹をうまく使って工夫されている。石の上によじ登り、注連縄を引き上げていく。

5年前からすれば、大きく手馴れた作業に感心する。あっという間に注連縄は割れ石の上方に引き上げれれて定位置に固定された。


さて、続いて注連縄につきものの紙垂(御幣)、大きな〆子が吊るされる。長い梯子を架け、その上での作業となる。

6回目の経験か、実に危なげなく作業を終えた。

その瞬間道路の上から見ていた皆の拍手喝采を受けた。今年も無事に作業を終えた安堵の顔になった。

折角だから、しめ縄のかけられた大きな割れ石の前に並んでいただいて田んぼの上から記念撮影をさせていただいた。

大きな石のスケール感がバッチリの記念写真となった。

皆さんいい顔で写っているのだが、小さくてみえないのが残念。



全員で後片付けを行い、お昼となる。道路上の作業小屋にゴザを広げ、テーブルを並べて御馳走が並べて行く。

何も手伝わない私も図々しくもごちそうになる。懐かしいオカラの和え物に熱々の豆腐や油揚げや野菜盛りだくさんの汁に漬物とおにぎりが並んだ。大きなおにぎりを二ついただいた。

ハジカミ山と尻付山から流れ出す栄養豊かな水で育まれた米のおにぎりは、ツヤツヤと輝き、粘り気とあまみがあり、実にうまかった。
谷あいの狭い田んぼでの稲作は並大抵の苦労ではないと想像するが、これだけ美味しいコメが出来るとなると、苦労もいとわないだろう。

熱い汁も漬物も素朴だ懐かしい味わいだった。・・ごちそう様でした。

皆さんは、これから公民館で門松をつくり、夕刻は地域の忘年会との事。いまだこれだけの結束を続けているエネルギーは何だろうか。過疎と思考の都市化で結束の無くなって行く地域が増えているが、ここはそんな気配は感じられなかった。

是非、来年も注連縄かけをのぞかせていただこう。