目次へ 妙見社参拝 妙見山登山 ・・・・・・・
sub3-82   2009年01月03日        文字は、の等巾フォント(MSゴシック)でご覧ください。

初詣を兼ねて、ご近所の山に登ってきました。
海抜210mの低い山ですが、その山頂には妙見社という神様を祀る社と祠があります。また、南側の参道とは別に、山の東側にも参道があるそうですが、その参道を今日は下って見ることにします。さて、どんな景色が見えるのか、どんな探検が出来るのか楽しみです。

ただ今1時15分です。鳥居の向こうに見える山の頂上を目指します。この参道は県道442号線(杵築−糸原線)沿いにあります。大分空港道路の安岐ICを出て、右折50m程です。

地名で言えば、国東市安岐町大添(あきまちおそえ)です。
県道沿いの一の鳥居から二の鳥居までは100m程です。二の鳥居には天明二年寅十月吉日とあります。西暦1782年に作られたんですね。

昔は、左右対称の石垣があり、その上には左右に一対の石灯籠があったのですが、車社会になって画像の右端に道路を付けるために石垣の右を削りました。そのために、右側の石灯籠が置けなくなり、石灯籠は八幡社の境内に移されています。

二の鳥居の額束には「明見社」と彫られていますが一の鳥居は「妙見社」。さて?、どちらが正しいのか?年代は、二の鳥居が古そうに見えます。

鳥居のある場所は、平坦で比較的広い場所になっています。神事でもする場所であったのでしょうか?
さあ、ここから山頂までは足場の悪い上りが続きます。日頃の運動不足のツケが来ない様にゆっくりのマイペースで行きましょう。
11月のお祭り前に村人が掃除をしたんですが、落ち葉が参道を覆っていました。滑らない様に気を付けてのぼりましょう。

参道の両側を竹や木が覆い鬱そうとしています。
ちょっと一人では怖い様な気もします。

険しい上りの始まりには「妙見山 登山口」の標識が取り付けられていました。
さあ、気合いを入れずに・・・・
昔は、自然石が比較的規則正しく石段状に並べられていたのですが、山頂の大松に落雷の火災が起きたため、その大松を伐採搬出のためにブルドーザーを通した事によって参道が大きく崩壊しました。その松の売却益で現在の社を再建しました。

参道の中程に少し広い場所があります。昔は、木もなく見通しの良い場所だったのですが、木が生えてしまいました。この場所を相撲場と呼んでいたことから、妙見社への奉納相撲などが行われた場所かもしれません。定かではありません。

さらにのぼると、大きな自然石の急な石段が現れます。この中程の右手に注連縄が張られた大きな石がせり出しています。「ハライシ」とよばれ、神が降臨する場所と伝えられています。この石に触れると腹痛になるなどと触れることを戒める言い伝えが残っています。

ここらあたりにはモチノキが自生しており、子供の頃には、モチの皮を剥いで鳥もちを作り小鳥を捕まえた記憶があります。・・懐かしい・・
さらに登ると、69段の規則正しい石段が現れます。ここを登り切れば山頂です。
マイペースで登ってきましたが少々汗がにじんで息も切れてきました。石段の下に立ち止まって69段を見上げます。もう少しだが、焦らずに行こう。

立ち止まっていると森の中を通り抜ける風の音が聞こえます。他には何も聞こえません。

さて、少々くたびれた足を左右交互に69回持ち上げれば山頂。・・スタート! ゆっくりゆっくり左右の足を持ち上げて行きます。
狭いステップは時の流れで変形し、所々危なっかしいところもあります。踏み外さない様に慎重に爪先で石段を捉えながら・・67、68、69・無事到着しました。時間は1時37分。一の鳥居を出発してから22分で登頂しました。意外と近い。


山頂には、妙見社(山霊社)と絶景がありました。

山頂から東に下る参道があることを聞きました。
社の裏に回ると急な岩壁があって、そこに鉄の鎖がさがっていて、その鎖を伝って岩壁を降りるといくつかの祠があった様に記憶しています。その道を探して北へ下る道を探します。

探すまでもなく、綺麗に整備されて、目印のロープまで張られていました。さらには、見晴らしの良い様に木の枝が払われ、東の絶景が眺望出来る場所も作られていました。

澄んだ冬の空気は、遠く伊予灘、瀬戸内海に浮かぶ島々や四国の佐多岬を眺望できます。絶景をしばし楽みました。
足下に目をやれば、廃校となった南安岐小学校や新しい安岐中央小学校が見えていました。

狭い安岐町の中心部がここから一望出来ます。
さて、道しるべのロープを握りしめて急な坂道を下り始めます。遠くから望む妙見山はなだらかな姿をしているのですが、歩いてみるとさにあらず国東半島の山々に共通する荒々しさを見せつけます。狭い道の下は絶壁となって深い谷へ落ちています。慎重に足を運びながら下へと下ります。
こんな低い山ですが十分にスリルを味わえます。
ただ、そのスケールが小さいだけです。こんな地形を利用して天台宗の山岳修行が行われたのでしょう。

険しい山道をくだると、そそり立つ岸壁に仏様が祀られています。一番高いところには青面金剛と思しき木像が祀られていました。

絶壁に刻まれた狭い道でカメラを頭の上に差し上げてシャッターを切りました。暗い上に足場が悪く安定しません。撮れているだろうか?


距離は短いが、山岳信仰と険しい修験者の歩いたであろう道を感じながら歩くことができました。一人で歩く道ではないが、有意義な一時でした。
国東半島の山岳信仰と国東半島の奇妙な山を短時間で体験できるコースです。

険しい岩場から下る事5分程で下山口の集落に出ます。

是非、ここから国東半島を体験してみませんか。
装備は、運動靴と軍手と水。それから、万一の事を考えて携帯電話を持ちましょう。

車の駐車場がありません。この妙見山を奥の院とする妙見山浄泉寺の駐車場をお借りして、そこから歩くと約1時間半ほどで登山から下山が出来ます。

浄泉寺は、安岐ICから右折して1kmほどのところにあります。
ほぼ下山口までおりたところで観音堂を見つけました。
トタン壁の質素な作りですが、扉を開けると綺麗に掃除がされて、とても大事に信仰されている様子が伝わってきます。「国東半島仏の里」を強く感じま
す。
走水観音堂には、観音立像の他菩薩座像も祀られていました。

このような観音堂はどの集落にもあり、深く信仰されていました。しかしながら、生活習慣の変化から徐々にその数も減っています。これほどしっかり守り継がれているものは少なくなりました。
守り続けて欲しいですね。
鬱そうとした森を出て坂を下ると集落の始まる当たりに御堂が見えます。ここは放生庵とよばれています。ここには小さな仁王さんが置かれています。この仁王さんは、1800年頃、近くに住む9歳の子供の目の病気回復を願って寄進されたものだそうです。この仁王さんのお陰で目の病気はすっかり回復したと伝えられています。

放生庵の御堂は覗きませんでしたので、どのような仏様が祀られているのか分かりません。

さて、ここからは、浄泉寺の横を通って、県道へ出て、一の鳥居まで戻ります。上り坂1kmほどをひたすら歩くのみです。

2時36分・・・出発点に帰着しました。1時間と20分の散歩でした。