usa8-5k.html    第5回「八幡文化を訪ねる旅」 
               国東西・姫島の旅
202年8月22日
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⑬別宮社国東市国見町伊美2710

別宮社由緒 (境内説明書き転載)



御神体

品陀和氣命(ほむだわけのみこと)=応神天皇(おうじんてんのう)

帯中日子命(たらしひこのみこと)=仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)

息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)=神功皇后(じんぐうこうごう)


境内社  金比羅社 今熊社 宮重社 伊美崎社


創建の起源

当別宮社は元官弊大社石清水八幡宮の別宮であり、前県社である。
天皇第五十八代光孝天皇の御宇(仁和二年)領家小深田民部大輔盛勝は領主片見貞信の命を受け山城国男山石清水八幡宮の御分霊を捧持し隋神司官藤原朝臣桐畑左京大輔盛重と共に周防の国祝島を経て八月六日伊美浦に着御暫時野田村の仮宮に安置。

その年十月十四日聖地入江島に社殿を造営し伊美郷鎮護の守護神として奉祀した。


祭典

    歳旦祭   一月一日
    豊穣祈願祭 四月八日
    大祓祭   自 七月三十日
          至 七月三十一日 
    例大祭   自 十月十三日
          至 十月十六日
    神穀感謝祭 十二月八日
    弐年大祭  山口県熊毛郡上関町祝島 
       海上渡御 毎四年(重要無形文化財)

          平成二十年記  別宮社社務所



石の橋で続く参道(なぜか小便小僧が?)

楼門(善神王の下には馬が・・)

楼門の左 高良大明神

楼門の右 阿蘇大明神

拝殿

申殿と本殿




金昆羅社 瑜珈社

若宮社(大鶴鷯命)

高良社(武内宿祢)

宮重社(小深田民部大輔盛勝)

今熊社(桐畑左京大輔盛重)

恵比寿様

陰陽神

陰陽神由来記(説明書き転記)
人皇第五十八代光孝天皇仁和二年山城の国男山石清水八幡宮の御分霊をこの地に勧請の砌、随伴した随神司藤原朝臣桐畑左京大輔盛重は、爾来この地に在住し神明奉仕の傍、特に医術に長じ庶民の難病を療した功績は多大で、没後、別宮社創祀功労神として、今熊宮に奉祀されてより、縁結び、子授け、安産、諸病平癒の神として広く崇敬され、女性は頭髪、男性は男根を彫刻して、献納祈願することになった。元陰陽の神は献納男根の最大なもので、台石が女陰となっている。

願主は、伊美随一の名石工に命じ現物の模写等数多の秘話や逸話を残して完成された逸物であるが、一時は風紀紊乱の謗りを受けて、土中埋没や海中投棄等されたが、その行為者は悉く局部の激痛や高熱に苦悶する等の神罰に遭い、恐懼その非を悔いて此所に復座奉鎮したものである。
      平成十三年十月一日 伊美別宮社社務所

男鳥居、女鳥居、子供鳥居と連なる・・超ミニサイズ

稲荷大明神