sub1c559

裏/4月20日



裏がなければ表はない。表の反対側は裏に決まっている。

まあ、どうでも良いが、昨日「活気」で書いた。

竹藪掃除をしながら「活気」についてもう少し考えてみた。

少々ねじ曲がった考え方だから、批判をいただきそうだが、・・・

活気ある社会には裏があって、裏があるから活気があるとも言える

のではないか。たとえば“相撲”の八百長問題だが、真剣勝負で全

く裏がなければ、負ける力者負けっ放しで落ちて行く。その前に幕

内にも入れない。ちょうどイイあんばいがあって、過去の相撲の活

気があったのかも?。それから政治の世界で“お世話”なる言葉で

表す就職斡旋なるものも存在していた様に聞き及ぶ。今は、厳しい

入社試験で厳格に学力優秀な人材のみを採用する。本来、会社で働

く人員の構成は、日本国を構成する知能分布と相似である事が望ま

しいのだが、大きく優秀な方に偏ってまう。から、優秀な人材がう

まく活用できず、ストレスが溜まる社員が増える。

これを前提に、私の頭は、世の中適度な裏は認めるべきでは無いだ

ろうかと思った次第である。