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やまびこ55号/2004年12月10日



年の頃は70歳の後半と思しき小柄な老人。大きな明るいブルーの

キャリーバックと紙袋を二つ下げて上野駅から乗り込んできた。

いや、老人と呼ぶのを躊躇うほどその顔色も顔の筋肉もたくましく

感じた。

あまり旅慣れた様では無く、きょろきょろと迷いながら私の左前方

の通路側の席に着いた。

大きなブルーのキャリーバックを軽々と網棚に乗せて、紙袋を前の

座席と膝の間に置きテーブルを引き出した。

紙袋の中からクシャクシャに丸めたスパーのレジ袋を取り出すと、

中から缶ビールが現れた。

アサヒスーパードライ350mlのクローム色眩しい缶だった。

車窓から差し込む日差しを眩しく反射した。その缶を左手でしっか

り押さえ、右手の親指でプルを押し上げようとするが、日に焼けて

ごつごつと節くれ立ったたくましい指が不器用にプルを滑らせて開

かない。

何度か左手の姿勢をかえてやっとプッシュと鈍い音が聞こえて泡が

少し吹きだした。

リングプルを完全に引き起こして押し倒すと、泡で濡れた右手の親

指をスーパーのレジ袋で拭い、その手で缶を握って口へ運んだ。

ゴクンと飲み込む音が聞こえた様な気がした。日に焼けた表情は何

も変わらなかった。

二口ほど缶を口に運んだ後またも紙袋へ手を突っ込んでなにやら引

き出した。すでに口が開けらていた袋から、さきイカがひとつまみ

引き出された。それをテーブルの上にじかに置いて、左手で一本ず

つつまんでは缶ビールを右手で口へと運んで傾ける。

大凡350mlを三分の一ほど飲んだであろうか、またもや紙袋に

手を入れて今度は皺皺のアルミホイルに包まれた握り拳二つほどの

大きさの固まりを引き出した。その大きさからして握り飯だろうと

推測できる。

推測通りアルミホイルの中からは海苔に巻かれた立派な大きさのお

にぎりが現れた。

今度はそいつに缶ビールをお茶代わりに黙々とかぶりつく。

表情一つ変えることなくまるで機械の様にさえ見える。

私はぼんやりと4号車4C席からその様子を見ていた。

突然「次は大宮です。大宮を出ますと次は宇都宮に停まります。」

の車内放送が流れた。老人は、黙々と握り飯を頬張っては缶ビール

を飲む。

小さなテーブルの上は、缶ビールとそれを包んでいたレジ袋とさき

イカと皺皺のアルミホイルが占領している。

じっとその様子を見ている私の視線を感じたのか、くるっと振り向

いて私と一瞬目があった。

赤く日焼けした老人の顔は太陽と汗に鍛えられた逞しく、また優し

い顔だった。

表情は何も変わることは無かったと思うが、一瞬微笑んだようにも

感じた。

私の父が生きていればちょうどこの年齢だろう。60歳にしてこの

世を去った父の姿のような気がした。