■大ダイ(大松明) 
昭和33年当時は、7挺、全長3間(約5.5m)火口の直径3尺(91cm)。・・・とある。

昭和33年岩戸寺オオダイ
7本のオオダイが並べられている。
和歌森 太郎編 くにさきより

■アジャリダイ(阿闍梨松明)1挺 
昭和33年当時

長さ1間(1.8m)、火口の径約2尺(60cm)。

この2種類の松明は、12ヵ所を藤カズラできつく結わえる。(閏年の場合は13ヶ所)火口から60cmから1mの箇所は、特に3cmほどの太い藤カズラで結わえる。これをオオワ(大輪)と言う。
火口下方に火の粉よけ避けの橙や御幣などが結びつけられる。
大輪から最下端の輪まで藤カズラで4本の「ツリ」を掛ける。
4本のツリは四季を表すと云われる。

大ダイは六所権現への献燈という意味である。

阿闍梨ダイは、院主・役僧の先導用としてトシノカンジョウ(年男)が所持する。

阿闍梨ダイは、3番のタイイレが制作する。
オオダイは4本(挺)が立て掛けられていた。人手の減少によって、その膨大な労力が得られなくなった為と、オオダイを担ぐ担ぎ手の不足からである。
国東半島の山間の村の殆どが限界集落への一途を辿る現状がここにも影響をあらわにしている。

オオダイの長さ3間(約、5.5m)、火口の径約3尺(91cm)とあるが、今日のオオダイは、幾分小ぶりに感じる。村人に尋ねてみると、10年程前までは、オオダイを一軒で1挺献燈していたそうだ。またそのオオダイを担ぐ人手も、都会に働きに出ている兄弟や子供を呼び返していたそうだが、今はそれも難しくなって、今年は、国東高校の野球部にオオダイ担ぎの応援をお願いしたそうだ。
オオダイも現代人の体力と村の事情を考慮して、長さも太さも相当にダウンサイジングしたとの話を聞かせていただいた。


僧とアジャリダイ(阿闍梨松明・岩戸寺)


■縁起のタイ 1挺
長さ1尺5寸(45.5cm)、火口3寸(9cm)。
講堂で行われる法・差定第13の「縁起」の時の「火合わせ」の際に用いる。2番のタイイレが作る。
■鎮めのタイ 2挺
長さ2尺(61cm)、火口4寸(12cm)。
講堂で行われる法・差定第23「鬼後咒]の時に用いる。1番のタイイレが作る。
縁起のタイも鎮めのタイも、大ダイ、アジャリダイと同様に藤カズラで12個(閏年には13個)の横輪とで縛る。また、4本のツリを掛けるが、大輪は掛けない。
■走りダイ 18挺
鬼が部落内を走りまわる時に鬼とカイシャク(介錯)が所持する小型の松明。4番以下7番までのタイイレが作る。
松明はすべてカラスツイタチに予め伐り割っておく。
■香水棒 2本
長さ3尺1寸5分(95cm)、直径4.5cm糎ほどの柏の本の木肌をうすく削って、3段から5段に花をつけたような形にしたもの。今日の岩戸寺はで4段だった。「削花」(削掛)に似ている。
差定第18の「香水」の時に2人の憎が、これを振り、あるいは床を突き音をたてたり打ち合わせたり、動作面白く舞う。
それぞれのタイに役割と、それを作る上での作法決まり事がある。さて、今年はどのようにして作り上げたのだろうか。


香水棒(文殊仙寺住職)

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